チーム紹介

深沢ラビッツの目指すもの

■勝つことよりも大切なこと

深沢ラビッツは100点ゲームは目指しません。相手チームとの力の差があった時には、出場メンバーやディフェンス(守備)体系を変えながら、ゲームをコントロールします。もちろん試合に勝つことを目指しますし、単なる仲良し集団ではないですが、相手チームへの尊敬の心は常に忘れません。

中学校、高校に行っても使える技術や礼儀を全員に教えます。例え1人のスーパースターがいても、その子供だけを使い続ける作戦は立てません。練習も誰かに偏ることなく、全員に同じことを教えるように心がけています。



子供たち、ご父兄、コーチの仲が良いこと

深沢ラビッツの伝統です。試合の応援のほかに、年に数回ある親子バスケ大会、親とコーチの飲み会、クリスマス会、6年生を送る会・・・。どれをとっても全員で楽しんでいます。ご父兄とコーチがこれだけ仲の良いチームはなかなか無いと思います。

2019年度チーム説明写真

2023年、歴代のラビッツのお守りをお母さんたちがクロスにしてくれました!今は、ラビッツのボールケースにつけています!ラビッツマーク、すごくないですか?


 

 

■OG会の伝統

毎年8月、その時に高校3年生のOGと一緒に試合をします。高校でもバスケットを続けている生徒、もう全く運動をしてない生徒、全員が深沢小学校の体育館に集まり、コーチたちと一緒に試合をします。お母さんたちも応援に来たりします。OGになっても、いつまでもラビッツの生徒です。

OG会写真

深沢ラビッツの歴史

■設立

昭和61年(1986年) 浅利監督と当時の2名の先生により「深沢ミニバスケットボール教室」として設立。

当時は6年生の女子22名のみで、1週間に1回の練習でした。2年後には4年生から練習に参加できるようになり、週3回の練習になりました。

 

この写真は、3期目の集合写真。左上の浅利監督が若い!当時の審判着は縦じまでした。

その後、しばらくしてチーム名を「深沢ミニバスケットボールクラブ」に変更し、小堀コーチデザインのうさぎのマークがチームのシンボルになりました。

昔のラビッツのシンボル画像

 

ファイナル・チャレンジカップの設立

15年以上前、当時のタヌキミニバスの小島監督と、深沢ミニバスの浅利監督が発起人になり、ファイナル・チャンレンジカップを立ち上げました。この大会はチームの人数が少なく、他の大会に出場できないチームでも出場できるローカルルールを適用し、勝ちにこだわらない、指導者・子供同士が仲良くなり、お互いに尊重し合えるようなチームになることを目指しています。今でもこの大会は継続され、現在ではこの趣旨に賛同する12のチームが参加する大きな大会になっており、もちろん深沢ラビッツも参加しています。

■深沢ラビッツとユニフォーム

★ 第1世代ユニフォーム

チーム名が「深沢ミニバスケットボール」時代のユニフォームです。当時から、「紫」はチームカラーでした。

2005年度集合写真

懐かしい旧ユニフォームとチームの旗 (2005年度集合写真…タカコーチ(当時学生)もいます)。最後列の左に映っている1年生の2人が、5年後に東京都4位になるとは、誰も想像できず・・・

★ 2010年 第2世代ユニフォーム

平成22年(2010年)、世田谷区で優勝し たことを機会にチーム名を「深沢ラビッツ」にしました。「深沢ミニバスケットボールクラブ」の名前が長く、都大会のパンフレット(トーナメント表)に書ききれないことも理由でした。

この年、チームは東京都優勝大会で見事4位になり、東京代表として各大会に出場依頼が来ましたが、当時のユニフォームには「東京」の文字が無く、出場できないということから、急きょ新しいユニフォームを作ることになったのです。チーム名も変えたので、丁度よいタイミングだったのかも知れません。

OBやご父兄からは、今までのユニフォームが大好きなのでイメージを変えてくれるなという多大なプレッシャーをかけられ、新ユニフォームの作成は本当に大変でした。深沢カラーを踏襲しつつ、TOKYOの文字も「意図的に」控え目なデザインにしました!左足にはRABBITSの文字が初めて入りました。

2011年度集合写真

新ユニフォームとチームの旗 (2011年度集合写真)  中央に映っている5番のうららは、この後、高校生の時に静岡選抜選手として大活躍。今でも時々ラビッツに遊びに来てくれます。

 

新ユニフォーム写真

2010年 2代目ユニフォームのデザイン画

 

新しいチームの旗


新マスコット写真

新しいマスコットデザインは、プロデザイナーのご父兄の方からの贈り物

 

★ 2020年 第3世代ユニフォーム

2019年 2年連続世田谷大会優勝を機に、ユニフォームを変えました。ユニフォームのデザインは、娘がラビッツOGのマリコ様に依頼。ラビッツ初となる、上のユニフォームの裾を出すデザインを採用し、ラビッツのイラストを前後に取り入れるなど、伝統のデザインを踏襲しつつも、革新的なかわいいデザインとなりました。またこのユニフォームで、新たなラビッツの歴史を刻んでくれることに期待しています!

ラビッツの人数は50名を超えており、スタッフも増えたため、同じ日に、低学年、中学年、高学年がそれぞれ別の大会で試合を行うことも出てきました。その時には各学年が、違うユニフォームを着て試合をすることがあります!

 

 

 

■過去の主な戦績

・東京都ミニバスケットボール優勝大会 第15回大会(1992年度) 東京都3位

・東京都ミニバスケットボール優勝大会 第33回大会(2010年度) 東京都4位

 

 

■ 2010年度 東京都4位、世田谷区優勝の時の1枚

 この年は世田谷区からも表彰を受け、更に東京都区部大会では、世田谷区代表でラビッツとして参加。江東区の選抜チームには決勝で負けましたが、見事東京都2位になりました。

2010年度集合写真

 

・東京都区部ミニバスケットボール大会(TOMAS CUP) 第26回大会 準優勝 (世田谷区代表として出場)

第26回トーマスカップ結果表

 

・世田谷区大会 優勝 5回 準優勝 多数

・ファイナルカップ 優勝 多数

・玉川地区大会 優勝 多数

 

■2018年度 世田谷区優勝の時の1枚

背の高い選手はいませんでしたが、10人全員が全力で走る記憶に残るメンバーでした。

 

 

 

2019年度 世田谷区冬季大会優勝の時の1枚

夏季大会では、3名が骨折や捻挫で出場できず4位。冬季大会でやっと全員が揃って優勝できました。

 

 

■2021年度 世田谷区大会優勝の時の1枚

歴代の中でも特に緊張する代でしたが(笑)、決勝リーグでは緊張も溶け、終わってみれば、誰かに偏ることなく得点できるという「全員バスケ」は見事でした。5年生3人の活躍も良かったよ!

 

 


■2023年度 世田谷区夏季大会 優勝の時の1枚

準決勝の前の週にアヤノが右手を骨折し、どうなることかと思いましたが、ダブルチームもそこそこ機能し、よく頑張ったと思います。5年生の活躍も良かったよ!

 

 

■テレビ出演

おはスた テレビ
おはスタ

 1度は世田谷区大会で優勝したものの、次の世田谷大会の決勝で1点差で逆転負け。もう1度気を引き締めて、チーム一丸となって最後の大会で優勝するまでのドキュメンタリー番組でした。最後のファイナル大会にTV局のカメラが入ったのも、今となっては良い思い出です。

 

 ・2016年6月7日放送 7:00 日本テレビ ZIP!に出演

Zip写真

 リオ五輪に向け、女子バスケのメンバーが発表になった時に、日本テレビのZIP!の取材班が深沢ラビッツに来ました。みんな緊張ぎみ(笑)


・ 2021年12月6日放送 19:00 NHK BS1 熱血バスケに出演

 練習風景の動画が30秒間紹介され、プロの方からミニバスでここまで実践的な練習をやるのかと絶賛されました!みんなお疲れ様でした!